「建設業は3K(きつい・危険・汚い)」というイメージは、今もなお根強く残っています。しかし実際の現場では、働き方改革関連法の適用・週休2日の推進・ICT化による業務効率化など、急速に環境が変わりつつあります。設計部長として社員とパート社員を率いる立場から、私が取り組んできた労務環境改善の実践をお伝えします。
建設業の労務環境が抱える構造的な問題
建設業の長時間労働は、単に「文化的な問題」ではなく、業界構造に根ざした問題です。主な要因として以下が挙げられます。
- 工期の硬直性:工期が決まっている中で天候不良・設計変更・資材遅延が発生すると、その分を人の残業で吸収しようとする構造
- 多重下請け構造:元請け・下請け・孫請けという多層構造の中で、しわ寄せが末端に集中しやすい
- 繁忙期の集中:年度末・住宅施策の改正前後など、特定の時期に案件が集中しやすい
- 属人化した技術・知識:特定の担当者にしかわからない業務が多く、その人が抜けると回らなくなる
設計部門においては特に、「お客様の要望変更への即対応」「確認申請の期限厳守」というプレッシャーが、残業の温床になりがちです。私が部長に就いた当初、部門メンバーの平均残業は月30〜40時間に及んでいました。
働き方改革関連法と建設業への適用
2024年4月から、建設業においても時間外労働の上限規制が適用されました(いわゆる「2024年問題」)。原則として月45時間・年360時間の上限が設けられ、特別条項を使っても年720時間が限度となります。
この規制は「法律が変わっただけ」では対応できません。仕事の量・やり方・役割分担そのものを変える必要があります。コンプライアンス対応として最低限の法令順守を目指すのではなく、労務環境改善を「良い職場をつくる機会」として前向きに捉えることが重要です。
設計部長として実践した5つの労務環境改善策
①業務の見える化と属人化の解消
「この仕事はあの人しかできない」という状態が残業の最大の原因です。特定の担当者に案件が集中すると、その人だけが深夜まで働く構図が生まれます。私の部門では業務手順書・チェックリストを整備し、誰でも基本業務をこなせる状態を目指しました。
GLOOBEのBIM導入もこの観点で有効でした。設計データがモデルとして一元管理されることで、担当者が変わっても途中から引き継ぎやすくなります。「データがあの人のPCにしかない」という状況が解消され、緊急時の助け合いが機能するようになりました。
②残業申請の透明化と残業ゼロの目標共有
かつては「なんとなく残っている」残業が常態化していました。そこで残業が必要な場合は事前に理由と見込み時間を申請するルールを設けました。申請が増えた週は「なぜ残業が必要になったか」を翌週の朝礼で振り返り、仕組みで防げる要因を潰していきます。
「残業ゼロの週があった」という小さな成功体験を積み重ねることで、「残業はあって当たり前」という意識が少しずつ変わっていきました。目標は完璧な残業ゼロではなく、「残業は例外的なもの」という感覚をチーム全体で共有することです。
③パート社員のシフト設計と業務分担の最適化
パート社員3名は、それぞれ扶養範囲内での勤務や育児・介護との両立が必要な状況にあります。固定の業務を特定のパート社員に割り振ることで、シフトが読みやすく・休みやすい環境をつくりました。社員の業務と明確に分けることで、パート社員が「自分の仕事の範囲」を把握しやすくなり、安心して働けるようになりました。
また、時間的な制約がある分、パート社員が担当する業務の優先順位を明確にすることが重要です。「今日中にこれをやってほしい」という指示の仕方より、「今週中にこの3つ、優先順位はA→B→C」という指示の方が、限られた勤務時間を有効に使えます。
④ノー残業デーの設定
週に1日、全員が定時退社を目指す「ノー残業デー」を設けました。最初は「その日だけ前後の日に残業が移動するだけでは?」という懸念もありましたが、「この日は絶対に帰る」という制約があることで、業務の優先順位づけが自然と上手くなります。
ノー残業デーを機能させるために重要なのは、部長が真っ先に帰ることです。部長が残っていると、部員は帰りにくい。私が率先して定時に退社することで、「帰っていいんだ」という雰囲気が生まれました。
⑤年次有給休暇の計画的取得
法律上、年10日以上の有給が付与されている従業員には、5日以上の取得が義務付けられています。「忙しいから取りにくい」という空気を変えるため、年度初めに各自の有給取得計画を立て、上半期・下半期それぞれで消化できるよう業務スケジュールを調整しています。
有給取得を「申し訳ない」と感じさせない環境づくりも大切です。「休むのは当然の権利であり、チームでカバーし合うのが当たり前」という文化を育てることで、メンバーが安心して休めるようになりました。
BIM・ICT化が労務環境改善に果たす役割
労務環境改善とICT化は切り離せません。GLOOBEを使ったBIM設計により、私の部門で実感している工数削減効果を紹介します。
設計変更対応時間の削減:従来の2D設計では、壁一枚の移動に平面図・立面図・断面図・面積表を別々に修正する必要がありました。GLOOBEではモデルを変更すれば全図面が自動更新されるため、変更対応の時間が大幅に短縮されました。
確認申請書類作成の効率化:BIMモデルから面積表・配置図・各階平面図を自動生成できるため、申請書類作成にかかる残業が減りました。
打ち合わせ回数の削減:ウォークスルー動画を使ったプレゼンで一回の打ち合わせでの合意形成が速まり、お客様との往復回数が減りました。これが担当者の拘束時間の削減につながります。
労務環境改善の成果と課題
これらの取り組みを続けた結果、私の部門の平均残業時間は月30〜40時間から月15〜20時間程度まで改善されました。完全な残業ゼロには至っていませんが、「残業は例外」という意識がチームに根づいてきたことが最大の成果だと感じています。
一方で課題もあります。建設業全体の繁忙期は案件数が急増するため、どうしても特定の月に集中してしまいます。また、協力業者・施工者からの急な設計変更依頼は完全にはコントロールできません。外部要因への対応力を高めることが次の課題です。
まとめ——労務環境改善は人材確保の戦略でもある
建設業の人手不足は深刻です。設計部門でも若手人材の確保・定着は大きな経営課題となっています。「残業が多い・休みが取れない」という職場環境では、優秀な人材は集まらず、いる人材も定着しません。
労務環境改善は単なる法令順守ではなく、良い人材が長く働きたいと思える職場をつくるための戦略的な投資です。ICT化・業務効率化・マネジメントの改善を組み合わせて、建設業の「働く場所」としての魅力を高めることが、これからの設計部長に求められる重要な仕事のひとつです。
メンタルヘルスケアへの取り組み
労務環境改善において、身体的な負担の軽減と同様に重要なのがメンタルヘルスのケアです。建設業では工期・予算・品質という三重のプレッシャーにさらされる業務が多く、精神的な疲弊が蓄積しやすい環境があります。
私の部門では、1on1面談でメンタル面の状態を定期的に確認しています。「最近、仕事が楽しいと感じることはありましたか?」という問いかけから始め、ストレスの原因を一緒に探るようにしています。重要なのは「弱音を言っても大丈夫」という心理的安全性を確保することです。
また、業務上の悩みを持つメンバーが早めに相談できるよう、「困ったら即相談」を繰り返し伝え、部長自身がその相談に誠実に応えることを続けています。精神的に追い詰められてから対処するより、初期段階で気づいて対応する方が、本人にとってもチームにとっても負担が小さくなります。
女性・シニアが活躍できる環境づくり
建設業は男性中心の職場というイメージが強いですが、設計部門では女性の活躍が広がっています。私の部門もパート社員3名は全員女性であり、育児や家族のケアと両立しながら専門スキルを発揮しています。
女性が働きやすい環境づくりで実践していることは次のとおりです。まず急な休みに対応できる体制を整えること。子どもの体調不良や学校行事でパート社員が急に休んでも、業務が止まらないよう業務の見える化と複数担当制を整えています。次に、育児休業・時短勤務からの復帰支援を丁寧に行うこと。復帰直後は業務負荷を段階的に戻し、無理なく職場に戻れるよう周囲の配慮を促しています。
シニア人材についても、長年の経験から得た知識・判断力を活かせる業務設計をすることで、定年後も力を発揮してもらえる環境が作れます。建設業の技術・法規の知識は積み上がるほど価値が高く、経験豊富なシニアは設計部門の貴重な戦力です。
労務環境改善に取り組む上での経営者との連携
設計部長が労務環境改善に取り組む上で、経営者の理解と支援は欠かせません。「残業を減らせ」と言われながら「仕事量は変わらない」では解決しません。適切な人員配置・ICTツールへの投資・受注コントロールなど、経営レベルの意思決定が必要な部分もあります。
私が意識しているのは、感情論ではなく数字で経営者に現状を報告することです。「先月の残業時間の合計は○○時間、前年比○%増加。主な要因は設計変更対応の集中で、GLOOBEのBIM対応件数を増やすことで○○時間の削減が見込める」という形で、具体的な改善策とセットで提言することが、経営者の動きを引き出すコツです。
建設業の未来に向けて——労務環境から変える業界変革
建設業界が抱える人手不足・高齢化・若者離れという課題は、一社だけの努力では解決できません。しかし、一つひとつの会社が労務環境を改善することの積み重ねが、業界全体のイメージを変えていきます。
設計部長という立場は、経営者と現場スタッフの間に立つ「変革の担い手」です。小さな改善でも継続することで、「建設業は働きやすい」という実績が積み上がり、採用・定着・生産性の向上につながります。
私自身、まだ道半ばですが、取り組みを続けるたびにチームの表情が少しずつ明るくなっていく実感があります。労務環境改善に終わりはありませんが、そこに向かい続けることが、強いチームと会社をつくる基盤になると確信しています。
よくある質問
Q:残業代を払えば問題ないという考え方でいいですか?
A:法的には残業代の支払いは義務ですが、それだけでは不十分です。2024年4月以降は上限規制があるため、残業代を払っても上限を超えた残業は違法になります。また、長時間労働は身体・精神の疲弊を招き、最終的には離職や生産性の低下につながります。「払えばいい」ではなく「残業そのものを減らす」仕組みをつくることが本質的な対策です。
Q:建設業での在宅勤務・テレワークは現実的ですか?
A:現場作業はテレワーク不可ですが、設計・積算・書類作成はテレワーク対応できます。GLOOBEのクラウド連携やデータの共有フォルダ化により、設計担当者が自宅でBIMモデルを操作することも技術的には可能です。私の部門でも、パート社員が一部の作業を在宅で行える体制を試験的に導入しています。
労務管理に役立つ法令・制度の基礎知識
設計部長として知っておくべき労務関連の法令・制度を整理します。
- 時間外労働の上限規制(建設業):2024年4月適用。原則月45時間・年360時間、特別条項でも年720時間が上限
- 年次有給休暇の取得義務:年10日以上付与されている労働者に対し、年5日以上の取得が使用者の義務
- 月60時間超の時間外割増率:中小企業も含め、月60時間を超える時間外労働の割増賃金率は50%以上
- 建設業退職金共済(建退共):建設業で働く労働者のための退職金制度。加入促進が国から求められている
- 建設キャリアアップシステム(CCUS):技能者の就業履歴・資格を蓄積するシステム。登録を推進することで適切な処遇改善につながる
これらの制度は、知らなかったでは済まない経営上のリスクにもなります。設計部長として直接関わる機会は少なくても、チームメンバーに正確な情報を伝えられる程度の知識は持っておきたいものです。疑問点は社会保険労務士や経営者に確認しながら、法令の枠組みの中で最良の職場環境をつくることを目指してください。



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